和歌と俳句

與謝野晶子

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楽しげに 子らに交りて くだものの 紅き皮むく 世のつねの妻

指の先 つよく押へて 云ふことの をさなかりけり かりの別れに

牛羊 屠る人など なき世にも 女の族は ものおもひせし

懴悔して このきりぎしを 一息の 間に下るべき 心やしなふ

初夏の 雨をながむる ここちよさ 浅草寺の きざはしに居て

夏ちかく 君見むきはに わづらひて 小床に嗅げる くちなしの花

耳遠き 留守居の人と はかなくも 暫し語りて かへりぬと書く

あかつきの 秋山ゆけば 風ふきて 五輪の塔の いただきの鳴る

円山の 杉のみどりの 蔭に吹く 真葛が原の 六月のかぜ

またの日は やや奥山の 青つづら 這ふ岩がねに かたりにしかな

わが妻は 妹背のみちを わが定め わが初めたる ものと思へる

そら寝して 丁子の香 かぐはわれ 君が行く時 口そそぐ時

ことろんと ヴィオロンひびく 水いろの 風がおこりて 白鳥を吹く

少女子は 何のそなへも なきものを 矢のごとしげく 文たまふかな

旅に行かば いつも変らぬ こと云はで 心の湿る 消息もせよ

なほ人に 逢はむと待つや わが心 夕となれば 黄なる灯ともる

門守に 砂魚をあたへて 帰りゆく 湯帷布見ゆ 松のあはひに

ほととぎす 白の袷の 裾ならべ 五人います 法華寺の衆

汲みて飲む 酒かもされで 香する 煙のみ湧く あやしき甕よ

思ふこと わが掩ふ時 あさましき 人とや見ゆる 冷たくや見ゆる