百くさの もの思ふべく 門を出づ 一すぢごとは 身の痩するゆゑ
もの思へば 草の中なる 二もとの 円葉柳に 秋のかぜ吹く
誰の泣く 涙ともなく 白やかに 露のおく夜と なりにけるかな
ことつひに 此処にいたると すすり泣く とらはれ人も あはれなるかな
三十路をば 越していよいよ 自らの 愛づべきを知り 黒髪を梳く
春の日の かたちはいまだ 変らずて 衰へがたの 悲しみも知る
初秋や 黄皮の椅子に たそがれの 光いざよふ 高楼にゐる
麦こがし 匂へる広き いたじきに 都の人を おもへる少女
わが背子は 世の嘲りを 聞くたびに 筆をば擱きて 物をおもへる
よろこびと 悲しみと皆 君により するとばかりは うたがひもなし
五人は はぐくみ難し かく云ひて 肩のしこりの 泣く夜となりぬ
梅雨去ると 白がすり著し 夕より おほくおもはず あぢきなきこと
朝顔は ひとつなれども 多く咲く 明星いろの 金盞花かな
ある時に われの盗みし 心よと 公ざまに 行きてかへさむ
恋と云はば 遠いにしへの ことよりも 今日きのふをば 少し語らむ
えも云はぬ 裸の少女 舵とりて 船やるごとき 夏の夜の月
烈しかる 恋するものは この時の この場の運に おひこめられぬ
新しき 荷風の筆の ものがたり 馬券のごとく 禁ぜられにき
妬みゆゑ いく年前に かへりこし わが心とも だりや花さく
あてやかに 花の咲く日に 逢ふ如し 恋の蘇生か 恋のねたみか