和歌と俳句

與謝野晶子

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蜂蜜の 青める玻璃の うつはより 初秋きたり きりぎりす鳴く

今もはた 心枯るるに あらねども まみえざらむと 髪のなげけば

ある家の ぴやのの前に 夜更しを なしつる人の 戸をたたく音

空に似る 澄みし心を うしなひて 言葉にゆらぐ 夢にそぞろく

生れ来て ものの光も あまた見ぬ 若ものとして 人のながむる

自らが 何ごころもて なし初めし ととも知らぬ このごろのこと

あさましく 疎ませ給ふ われ故に ひがごともせむ 命も死なむ

梅もどき はらはらちりぬ 解き俵 みだらにかけし 蔵のきざはし

二日三日 踏みにぞ通ふ 君が家の 初夏の夜の 灯にぬれし石

ゆく末の うらはかなげに 見ゆるより 外に唯今 うらめしさなし

彼の少女 ゆるすべからぬ この人も かろがろ忘る 相も住めれば

佐保姫の 髪すく音と われおもふ 高山に啼く うぐひすの声

秋の雨 たまたまけふは 何ものも 交へず君の 心と語る

この風流男 うなじまかれず 肱まげて 寝る夜ありとは 人に知らゆな

花かごの 夏花紅し ゆきてぬる 小床の傍の 一間の棚

灰いろの 壁の中にも かくれぬと 思へりわれの 男に来しを

白つばき 枝をわたして もの云うはず 君かへりし日 氷に似る日

思ふこと 下にかくして 君ありし この十年の われのおとろへ

はかりごと 教へて別る 雨あがり 合歓が葉を捲く くれ方の園

うす紅の 名しらぬ花を うかべたる 野分の朝の 沼の水かな