和歌と俳句

與謝野晶子

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

くらがりに 橙皮を刻む 久松に 悲しき話 聞きぞおぼへし

水無月の 水のほとりに ほのかなる 細き灯ともす ひあふぎの花

子のわれを 守れる刀 かかる時 男を殺す ものと知れども

扇をば 歯に当つる子の うすものの 袖に青羽の 蟷螂きたる

浅草寺 御堂に拝む かきつばた きざはし下る そのかきつばた

一生の 絵巻の上の 絵そらごとと この絵そらごと 憎からぬかな

わが門を 夜中に開くる 翁云ふ 若ざかりこそ いとめでたけれ

横ざまに そねむ人らの 中に居て 初恋の日の 心わすれず

とがあるは 君かや身かや あなけうと もの云はぬこと 朝に至る

夜となると くり色の灯を もて来る 高野の山の 僧房の秋

飽くしらず 稲葉の風を 大寺の 堂に登りて 食へる男

岩代の 会津の庄の 少年の 腹切りし いゆきくらすも

清原の 女も石川の 女郎も この大御代に 用無しとする

十二まで 男姿を してありし われとは君に 知らせずもがな

絵の筆の 胡粉おきたる 絹にしも うす紅ひくが 如き風吹く

あかつきや 厨の人の 語る声 きくごと馴れて おもふ鶯

いつまでも 朝やけごとの 罌粟のごと にほへるものと 思ひしこころ

注ぎたれば 油壼なる 油尽く ものあぢきなき 秋の夜半かな

ここにして 爪きる時を ぬすみぬと 垂幕いづる 髪と素肌と

もの書きぬ 障子の外の 霧おもひ はたうち日さす 都おもひて