和歌と俳句

與謝野晶子

飛ぶ車空より来しと春の日に袖振りかへる子をば思ひし

武庫山のみどりの中にわれ立ちて打出の磯の白波を愛づ

昨夜の花をととひの花露に濡れあしたにそよぐ月見草かな

津の園の武庫の郡に濃くうすく森ひろごりて海に靄降る

なつかしく朝じめりして匂ふかな櫨のわかばも円葉柳も

夏の雨淵にうつれる山山の影うち叩きさとばかり降る

水色の夏の雨降りあかつきの山の石みな濡れにけるかな

月見草雨の後なる山松のしづく散るなり黄にひらく時

ふるさとの和泉の山をきはやかに浮けし海より朝風ぞ吹く

天王寺金堂を見て西門を出づる心地は今もめでたし

水上の方より藍を染めきたる武庫の川辺の夏の夕ぐれ

袂ふり武庫の河原に降り立ちて舞はんとすなる初夏の月

一の子は病みて身丈の長きかな何時帯むすぶ附紐の上に

形あるものに足らへる人人のいのちの如く寒き冬かな

砂の上網の目つくるものの蔓何ぞと引けばひるがほの咲く

花さきぬ昔はてなき水色の世界にわれとありし白菊

なつかしき魔法使の春の雨わが思ひさへ桃色にする

おほらかに此処を楽土となす如し白木蓮の高き一もと

人の云ふ美くしさにはやや遠きつりがね草のゆらぐ夕風

如何にして児は生くべきぞ天地も頼しからず思ふこの頃

物云へば今も昔も淋しげに見らるる人の抱く火の鳥

若き日の心の騒ぐおもむきに桜ちるなり風立ちぬらし

雲に行き靄に隠れんここちしてなつかしきかな朧夜の路

悲しみの巡礼其処を此処を問ふ灰色の塔あまた立つ胸

わが庭の小米桜が薄より弱げになびく夕月夜かな