北原白秋

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羽根そよがせ 雀樗の 枝に居り 涼しくやあらむ その花かげは

短夜の 槐の虹に 鳴く蝉の 湿りいち早し 今日も時化ならむ

風空に 朝の虹立つ 時化もよひ 燕群れて迅し 田の上翔りつつ

菅畳 今朝さやさやし 風に吹かれ 跳び跳び軽ろき 青蛙一つ

嘴太の 雨間の鴉 しみじみあそび 蛙引き裂けば 青き液流る

松山に 松蝉鳴きて 久しければ 立ちとまる母か 子の手を曳きて

遠天に 雷雲の 底びかり 蝶一つ舞へり こなたの田には

蛙一つ 鳴き出でてふつと 浸り黙る このひとときの 池の面の照り

太鼓一つ とんとろと鳴れり 炎天の 遠ひた寂しかも 青田見てゐて

膠煮て 銀泥溶かす 日の真昼 何かしかひそむ 暗きけはひはも

破垣に 日の照りまぶし 思はぬに ほつつりと一つ 雨の粒落ちぬ

日の盛り 細くするどき 萱の秀に 蜻蛉とまらむとして 翅かがやかす

やや避けて 蜻蛉日かげに とまりたり そよぎかがやく 青萱のもと

静かには ひそめぬものか 草深に こもらふ子らが 息の粗らけさ

子供らが 息のこもごも 青草に ふかくももらふ 昼ふけにけり

澄みとほる 葦間の日ざし 明るければ 啼くよしきりか 一羽啼きてゐる

かくるれど 我がつく息の おのづから 弾みあまるか そよぐ前の草

何の花 にほふ草生ぞ 角さし入れ うつつなく牛の 勢ひ嗅げるは

白の牛 寝そべる傍の 野葡萄の 瑠璃いろ玉の 鈴生の房

和歌と俳句