北原白秋

山吹の 咲きしだれたる 窓際は 子が顔出して 空見るところ

わが宿の 竹の林を のぞく子は つばきのあかき 首環かけたり

春すぎて 夏来にけらし の みづみづし根の 紫の疣

伝肇寺 春は老木の 花つけて こちごちに明る 山のしづけさ

山寺の 春も闌けたり 秋田蕗の 大いなる葉に 雨は音して

山寺は 馬鈴薯の根薯 埋めたり 秋待たむとす

白芥子の 芽も葉も茎も 食みつくす 寺の小矮鶏の 追へどまた来る

篠の秀に すでに夕べの 大き露 のぼりゐにけり 生けるもののごと

乏しくも 今は足りつつ 茶の花の にほふ隣を 楽しみにけり

なまよみの 甲斐の須成の よきをぢさ 山葵持て来ぬ 春日よろしみ

太茎の 八尺の独活の ひとくくり 無造作にさげて 笑ひ来爺さ

天そそる 不二のうらべの 山畑の まだ紅ふふむ とりたての独活

あしびきの 山百合の根は 冷たけど 百合の息満つ 層太の球

口ひびく 山葵磨りおろし 不二川や 水上の瀬々の たぎち忍ばむ

赤い鳥の 選稿了へず 蕗の薹 立ちほほけたり 花はじけつつ

湯にをりて 我と子と聴く 春雨は 孟宗と梅に ふれるなるらし

大正十二年九月ついたち 国ことごとに 震享れりと 後世警め

草深野 月押し照れり 咲く花の 今宵の莟み 満ちにけらしも

りりとして 鳴く虫の音は 夏蕎麦の 月の光に 闌けにたるらし

いなのめに 茅蜩啼けり 子は覚めて すでにききゐつ その茅蜩を

茅蜩の 啼きづるきけば 眉引の 月の光し 白みたるらし

一つ啼く 茅蜩ときくに 音につぎて こもごもに啼く 朝明の茅蜩

蔵経に 月の光ぞ 満にける 一つころろぐ こほろぎの声

青柿に 灯かげさだまる 夜のくだち 啼く虫のこゑの ひとつとほれる

日おもての 小竹の靡きは 明るけど しきりに涼し 秋は来にけり

和歌と俳句