北原白秋

谿ふかくたぎつ瀬の音もまじるらし嵐は明し一山若葉

春山の道のたをりにちりそめて板屋かへでは翼紅き莢

山原の轍にあかき翁ぐさ愛しきものを我が見つるかも

をさなごやまだ覚めざらむ妻と出て翁ぐさ踏むこのしめらひを

山茶花に雪ふりつもり閑かなり七面鳥のくぐもりのこゑ

七面鳥けけろ歎けば斑碧の朱肉揺れ伸ぶくちばしのうへ

印旛沼の紫黝き雪ぐもり七面鳥は膨れ真向ふ

霜の置閑けくしよし朝まだき近き野にゐる家禽のこゑ

霜の野に朝日さし照りあはれなり鶏と鵞と七面鳥のこゑ

春過ぎて夏は日射の明らけし七面鳥のかがよふ見れば

ほのぼのとまなぶ紅き巣守り鳥七面鳥は卵いだきぬ

修道院へ行く道暑し絮しろき河原ははこも目につきけり

燕麦は今刈り了へて真夏なり修道院にいたるいつぽんの道

白薔薇ふふむは紅し修道士のひとりは前を歩みゐにけり

牧ぐさのくれなゐ柔きうまごやし愛し麻利耶よ彼ら夢みぬ

弥撒過ぎぬ修道院裏は毛の紅きたうもろこしの一面の風

真夏日の光に聴けば遠どほし緬羊の声は人に似るなり

修道院鐘を鳴らしぬ安らけくけふのひと日も晴れて暮れたる

修道院の窓あけはなち晩餐なり甜瓜がまろし月の光に

天の露いよよ繁みか後の野に馬放たれて涼しこの夜良

修道院鐘の音美しまさしくもここのみ空は蒼うかかれり

韃靼の海、波のうねりに揺られゐて遊べる鴨か大きうねりを

平らにぞ凪ぎ青みたれ泛く鴨のかくろふ見れば大きうねり波

揺れあがる波の平になりにけりしばしとどまり鴨の確かさ

韃靼の海阪黒しはろばろと越えゆく汽船の笛ひびかせぬ

和歌と俳句