北原白秋

日々に騰る木々の若葉や室にゐて縁に出て庭に出て見は飽かずあはれ

若葉してかかりみじかき藤の房清水ながるる田のへりゆけば

日にましに木々の若葉は黝ずむを戒厳の令解くる際なし

何知らず秘めに秘めたる重大はまたひとつ書かず朝刊夕刊

むらむらと羽蟻若葉に飛びみだり国思ふ我や瞼あつし

昼ぐもり羽蟻の翅の散りうかぶ五右衛門風呂に身を沈めをり

風は無し簾のうらへ匍ひのぼる白髪太夫もせつなからむか

朝星や合歓の新葉は枝ぶりの早やほそぼそとそよぎあつめつ

燈心蜻蛉は身の透きとほり光あり萱のひと葉に翅やすらふ

栗の木のがさがさの膚夕光は茅蜩をひとつとめてしづけさ

風無くて匂やかなる夕じめり合歓の花ぞほの紅く顕つ

合歓の花匂へる見ればおもほえてまだ女童のをさな髪ぎが

夜に行きてふかくしごけば合歓の葉の手ごたへ硬しひしと閉せり

直に射つ銃をそろへてありしとき兵らいづくをかねらひさだめし

たまゆらは立ちつつありけむ屍と身を横たへてまた勢ふ無し

銃殺の刑了りたりほとほとに言絶えにつつ夕餉を我は

水ぎはに沁みてある陽やつらつらに黒蛙子は鯉に啖はれし

池水は緋鯉ことごと死に絶えし後掻き出して今日の虚しさ

鼠子の走る長押に燈は向けてあはれあはれとふひまもなかりき

赤濁みてしめり気重き月夜雲草木寝しづみ犬すらも吼えず

和歌と俳句