妹がため玉を拾ふと紀伊の国の由良の岬にこの日暮らしつ
我が舟の楫はな引きそ大和より恋ひ来し心いまだ飽かなくに
玉津島見れども飽かずいかにして包み持ち行かむ見ぬ人のため
紀伊の国の雑賀の浦に出で見れば海人の燈火波の間ゆ見ゆ
麻衣着ればなつかし紀伊の国の妹背の山に麻蒔く我妹
つともがと乞はば取らせむ貝拾ふ我れを濡らすな沖の白波
手に取るがからに忘ると海人の言ひし恋忘れ貝言にしありけり
あさりすと磯に棲む鶴明けされば濱風寒み己妻呼ぶも
藻刈り舟沖漕ぎ来らし妹が島形見の浦に鶴翔る見ゆ
我が舟は沖ゆな離り迎へ舟片待ちがてり浦ゆ漕ぎ逢はむ
大海の水底響み立つ波の寄せむと思へる磯のさやけさ
荒磯ゆもまして思へや玉の浦離れ小島の夢にし見ゆる
磯の上に爪木折り焚き汝がためと我が漕ぎ来し沖つ白玉
濱清み磯に我が居れば見む人は海人とか見らむ釣りもせなくに
沖つ楫やくやくしぶを見まく欲ほり我がする里の隠らく惜しも
沖つ波辺つ藻巻き持ち寄せ来とも君にまされる玉寄せめやも
粟島に漕ぎ渡らむと思へども明石の門波いまだ騒けり
海の底沖漕ぐ舟を辺に寄せむ風も吹かぬか波立てずして
大葉山霞たなびきさ夜更けて我が舟泊てむ泊り知らずも
さ夜更けて夜中の方におほほしく呼びし舟人泊てにけむかも
三輪の崎荒磯も見えず波立ちぬいづくゆ行かむ避き道はなしに
磯に立ち沖辺を見れば藻刈り舟海人漕ぎ出らし鴨翔る見ゆ
風早の三穂の浦廻を漕ぐ舟の舟人騒く波立つらしも
我が舟は明石の水門に漕ぎ泊てむ沖へな離りさ夜更けにけり
ちはやぶる鐘の岬を過ぎぬとも我れは忘れじ志賀の統め神