和歌と俳句

正岡子規

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ひかりつつ ひくく飛にし 夜ばひ星 呼ばば答も すべう見えけり

夜はふけて 行来の人も なぎさうつ 波の音のみぞ 夢に聞ゆる

夏ながら 秋葉の杜の 下かげに ふきくる風ぞ 涼しかりける

風そよぐ 隅田のあしの ふしの間に 夏の夜あけて 鶏やなくらん

しらぬ海や 山見ることの うれしければ いづくともなく 旅立にけり

ゑかくとも かかるけしきは ゑのしまの 雨にぬれにし 衣ぞいとをし

けふやくる あすはやくると 待乳山 まちつつくらす 日こそ長けれ

身一つに すずしさあまる 木の下に 来る人もなく 夏や過らん

昨日まで すずしといひし あしの葉の 風身にしみて 秋やたつらむ

都地は けふもあつしと 聞くめれど 角田の川は 秋のたちけり

何とはなしに 鐘の音かなし すみ染の 袖にもけふは 秋やたつらん

絲萩に きのふは秋の たちそめて 一花衣 けふやきぬらむ

墨田川 かりのすまゐに 三たびまで みちたる月を ながめてしかな

きみならで 誰にか見せん おのれだに つたなしと思ふ 水茎の跡

物思ふ 我身はつらし 世の人は げにたのしげに 笑ひつるかな

みやしろに なる鈴の音に あけて行く 日はうららかや 春ならねども

いはずとも 思ひの通ふ ものならば 打すてなまし 人の言の葉

あぢきなき 世をさけし身も 都鳥 都のたより きかまほしけれ

思ひきや かくまでなれし 景色さへ 今は恨の たねならんとは

けふをこそ かぎりと思へば 浅草の 鐘のひびきも 哀れなりけり