和歌と俳句

正岡子規

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いる船を まちこそくらせ うしほやく あまの烟も それと見るまで

眉のごと 見えにし山も つかの間に 手にとるばかり なりにける哉

波の面に うかべるの 影見れば 海の下ゆく 人もありけり

諸船の つどひ来にけり いつく島 いづくを海と しらぬばかりに

ともし火は 星のごとくに ならびたり 空か海かと まがふ許りに

海に陸に てるともし火の あかるさに こよひの月を しらで過ぎけり

海にある 宮居をめぐる ものとては むすびあけおく すめるみづかき

名もしらぬ 鳥やどる木の ふゑまさり かぎりしられぬ 山の奥かな

名にしあふ あきのみくにの 夕涼み 川ふく風に 夏をわすれて

いでふねに かりねの夢を むすびあへず うしほみつなる 濱につきけり

水茎の つたなき跡も 後の日に けふの宿りの かたみとや見ん

おしあけて 窓の外面を ながむれば 空とぶ鳥も 後ずさりけり

道の邊の 木立草村 見えわかず ただ一色の みどりのみにて

目ざすべき 山とてもなき 大海は 舟のゆくとも 覚えざりけり

むら鳥の 大海原に さわぐなり 伊豆の岬や 近くなるらん

たちならぶ あまのいそ家の たえ間より 岩うつ波の 音ぞ聞ゆる

武蔵野の 萩わけゆけば わが袖に 結ぶとしらで 結ぶ

玉づさを いそぎよみする 心地せり 見る間にすぐる 天津雁金

絲萩の 花を枕に むすびつつ 臥猪も蝶の 夢やみるらん

祈りても しるしはなしと しりながら もしやと思ふ 心やさしな