和歌と俳句

安住敦

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留守に来て子に凧買つてくれしかな

兄妹の焚火のあとの寒の雨

職替へてみても貧しや冬の蠅

春惜む情に子の手ひきゆくや

昼の月あはれいろなきかな

月見草夕月よりも濃くひらき

日旺ンなる蜂の巣を焼きにけり

夏畢る放埓家を忘れんとし

秋風やへちまの花はきよく落つ

切れし下駄すげゐてに啼かれけり

秋の風箸おきて妻何を泣くや

魚を焼く落葉焚くことやめし妻が

寝ねんとして聴きし雁ゆゑあはれかな

冬の虹消えむとしたるとき気づく

親疎おのづから蕗の薹もえにけり

春の雁いまも焦土にことならず

天城嶺に雲わく桑を解きにけり

啄木忌茶の間書斎の別ちなく

寝てたばこのむくせやまず啄木忌

啄木忌いくたび職を替へてもや

篠垣の外とほりしは鯵売りか

浮くものを軽鳧ときめたる薄暑かな

したゝりの音の夕べとなりにけり

かの夫人蜜柑むく指の繊かりしが

秋の海見て来し下駄を脱ぎちらし

うなぎ笊ころがしてある雨月かな

映画見て来しショールさへまだ脱らず

雨だれの大きなたまの年惜む

春蘭の風をいとひてひらきけり

子に蒔かせたる花種の名を忘れ

緑蔭にして乞はれたる煙草の火

母が泊りに来る夏布団つくろひし

門川にうつる門火を焚きにけり

本ばかり読んでゐて子の夏畢る

ある朝の鵙きゝしより日々の

冷かに壺をおきたり何も挿さず

掃き寄せておいて落葉をまだ焚かず

眼をあげてみても枯野にかはりなし

霜月や軒にかさねし鰻笊

恋猫の身も世もあらず啼きにけり

みごもりしことはまことか四月馬鹿

おぼろ夜の門川にもの捨つるは誰

啄木忌われから捨てし職を恋ふ

ひとの恋知れども触れず啄木忌

春愁や食後の卓に身を托し

寝るまへのに水をあたへけり

麦秋の孤独地獄を現じけり

河骨の黄のすがれしも残暑かな

新涼の水の浮べしあひるかな

鉦叩たゝきて孤独地獄かな

秋風のわが身ひとつの句なりけり

おもかげのうするゝ芙蓉ひらきけり

壺の花をみなへしよりほかは知らず

秋の海木の間に見えてはろかなり

妻がゐて子がゐて孤独いわし雲

あまつさへ枯菊に雨そゝぎけり