和歌と俳句

阿波野青畝

旅塵を払ふ

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

雪代と潟と紛ひて旅淋し

猫かずかず雑草園の月に逢ひ

お火焚に逆立つ狐灯りけり

寒明けば七十の賀が走り寄る

賀の梅の白からむとし雪に触る

菖蒲の芽鞘あてしたる風の見ゆ

闇おぼろゆけば行かれて滝の道

明易き旅を駭く壇の浦

日除舟水天宮へ棹しにけり

涼しさや鑿のするどき雉子車

青嵐朴なぶられてをりにけり

蛇籠の目ふかく落ちたるかな

はまゆふは真夜の灯台にほはしむ

潮流を変へたる岬浜おもと

昼顔やテベレの水の日を反す

人獣くはしく彫りし泉かな

噴水に神話の男女あそびけり

戸の鈴にスイスの音よ露の宿

立秋やレマン湖上の老旅人

オベリスクわたるべく暮れにけり

壺湯の湯色変りたる夜長かな

馬肥えてベスビオ怒り忘じけり

秋風やサン・ドニの手に己が首

野明りの消ゆれば遠し翁の忌

笹山のさむさがわかる時雨かな

一位の実冬青空に触れにけり

甘酒の箸は一本もがり笛

グラタンの熱しと食ぶる冬至かな

着ぶくれて俳句の鬼と任じけり