和歌と俳句

水原秋櫻子

馬酔木野をたまたまよぎる鹿かなし

一隅に朝日さしたる野の馬酔木

蒲公英や旅は陶見るゆとりなき

厨子の前千年の落花くりかへす

丘飛ぶは橘寺かも

川原寺あはれ陽炎ひて野に低き

岡寺の霞ふかきを見て登る

木蓮の白光薫ず池のうへ

野に巨き石ゆゑも越えなやむ

草萌えてわづか染めける石の裾

春草の墳は香具山を北に負ふ

うらゝにて雲雀はしれる墳の前

石棺に木瓜咲き添へば去り難し

木瓜の朱は匂ひ石棺の朱は失せぬ

朝櫻揺らぎ天龍ながれたり

川波の霞むを見れば疾く流る

早瀬波わたるあり溺れつつ

浦安を這ふ雲くらし花の雨

雨に獲し白魚の嵩哀れなり

白魚舟枝川戻る蘆の角

木々の香にむかひて歩む五月来ぬ

丘に見て幟立つ家の十あまり

今日の山雲よりいづる鯉幟

時鳥野に甘藍の渦みだれ

人ふたりへだつ林や梅雨の蝶