加藤楸邨
征きし夜の露を便の筆はじめ
月出でて月の色なる妻の髪
妻の目に涙あふれ来天の川
石蹴れば露がおどろく朝かな
ほろほろと七面鳥もしぐるるか
月明に寝かへりし目のかなしさよ
今朝逢ひし軍用車より時雨れをり
柿の朱にかへりつきたるひとりかな
未帰還機祈るは霜の古畳
芭蕉忌やはなればなれにしぐれをり
時雨忌や芭蕉にのこす十五年
吾子は絵の我は祷りの菊咲いて
大輪の白菊の辺がまづ暮れぬ
夜の菊遠く潮さすとどろきか
箒草ほがらほがらと枯れてゐき
椋鳥がかこめばくるふ冬日かな
霊山へ枯野焼く火のごとくたつ
空谷の底さむかりし焚火かな
安達太郎の瑠璃襖なす焚火かな
霊山に星はすくなし虎落笛
かぎり知られぬ右向の顔冬日さす