和歌と俳句

與謝野晶子

山の藤誰の肩にもよらずしてうす紫の身を楽みぬ

雨雲の色に樗の花なびく榛名の渓の風も悲しき

美くしき海の男の肱と見ゆ波の上なる真鶴が崎

青雲の深く重るところぞと島に上れば椿花咲く

初島の汀の波の底に咲く青き花ぞと見えわたる石

伊豆の海枕上にて鳴る波もわれを思へる心地こそすれ

白梅の黄昏時の香をかげは心悩まし春の初めも

紫陽花も花櫛したる頭をばうち傾けてなげく夕ぐれ

女郎花をとこへしより哀れなる浪の来て寄る夕ぐれの磯

この毛虫能の役者のするやうに桐の幹をば歩むものかな

浴室の石の床をば湯のぬるく這ひたる伊豆の如月の宿

夕月と富士の雪より射る光霧にみだるる田方の郡

伊豆の山すべて愁ひて潤むなり富士より早く春は知れども

しら玉の富士を仄かにうつしたる足柄山の頂の雪

雲ほども進まぬ馬車にわが乗りて伊豆の沼田を巡る春かな

牛ありぬ韮山川の芹の色すでに山より青き浅瀬に

真白なる富士を削りてわれに媚ぶ春の畑毛の温泉の靄

靄上り天城の嶺のふくらみぬ下の百山皆とろけ去り

土穴の門に向ひて青を伸ぶいと新しき夢を見る麦

二月来ぬ足柄おろし伊豆の野の藁によの尖を海へ傾け

わが前へ浮漂ひて富士の来ぬうす黄を雲の染むる夕ぐれ

狩野川を越え塩屑の洞門を出でても馬車は天城に抱かる

馬車の道白く続けど黄昏れて刻々海に流れ入る墨

むら雨が口野の浦の弓形の石の欄にてタンゴを踊る