和歌と俳句

與謝野晶子

嵐おち海も林も灰色の巣に籠りたる朝ぼらけかな

鷲巣山裾の殺がれし断面の塚石のごと白き朝かな

靄深し海より立つか龍宮か湯の泉湧く伊豆の渓間か

滑らかに時の潤ふ心地しぬアマリリス咲きリラの匂へば

窓開き時をば白き鳩の告ぐ明るき夢を持つ時計かな

われ惑ひ心に火をば放ちたりものの初めかものの終りか

唇を筆の柄にあて日を一日暮して後に病となりぬ

唯だわれを写すなれども忘れえぬ鏡と見ゆれ春の夕に

唯二つ寄り添ひて咲くその外のことは思はぬ紅の薔薇

しどけなく椿を落す小さなる二月の春のたなごころかな

桂川高き欅の蔭にして鷹の巣めきし楼よりぞ見る

桂川清き流をはりがねの引く船に居て星の心地す

船の人案山子のやうに直ぐに立ち米負ふ馬と秋川渡る

わが立つ瀬かの白き水石原も萩咲く路もみなかつら川

引きつるべ泉の水を月のごと抱きて山をすぢかひに行く

河霧に近き露台のおばしまの乾く期もなく湿るなりけり

如月や椿の花を上にして陽炎の舞ふ雪の窪かな

わが心明るき方に雪の散り小ぐらき底に薔薇の香ぞする

椿ただくづれて落ちん一瞬をよろこびとして枝に動かず

いつ見ても水のほとりを黄昏に行く心地のみもてる月かな

悲みを抑へてあるや喜びを抑へてあるや知りがたき時