北原白秋

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ひと村に 白くかぶさる 乳房雲 月の光の 滴りにけるかも

糯の田は いまださ青し 夜霧立ち 香に立つ稲の その葉さやらふ

ここの田の 穂の垂り見れば 月の夜や ただに夜霧の むすびつつあり

十六夜や 月夜高きを 濃き霧の 煙幕の幅 引きにつつあり

蓆戸や しまく夜霧を ありありと 灯は赤く點けて 芝居うつ子ら

ひといろの 松蟲の音とぞ なりにける 夜霧ふり下り ここは松山

月に行く 新懇道も たどたどし 夜霧たちなびき 伐りのこりの松

霧ふかく 月もとどかぬ わが前を 影あやしかも 歩きてぞをれ

この月を アンゴラ兎 飼ふ家は 霧ふかくとざし 早や夜中なり

草くづに 見えて啼き澄む 蟲のひげ 月のひかりは 水のごとあり

床下に 月の光は 射し入れり 球根が見ゆ 藪あかる蟻

石ばしる 水のかかりの 音立てて 紫冷やき 龍膽のはな

日のうちも 狭霧こもらふ 水上は 紅葉さし出て 冷やき岩室

雲間洩る 寒き日すぢと なりにけり 遠々に見る 雑木々の立

冬山の 枯山來れば いさぎよし 甲にひびきて 何か斫る音

枯山に はらら飛び交ふ 小さき蝶 黄翅せせりの 影ぞ生きたる

この道の 朽葉下凍み かそけさよ あたる日射の それも寒けさ

寂びつくし しかも明るき 端山木や 時にはららき 日ざしかがよふ

冬まひる 雑木端山の 日あたりを 吹きあふる風の 音のわびしさ

雑木山 とよもす晝の こがらしは かうかうと寒し 空へ吹きぬく

和歌と俳句