北原白秋

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うち騰り 月は圓けき 向う岡 木の立寒し 未しきさらぎ

淺夜には かすむ月夜も 夜ふけには ただにわたりぬ 冱えかへりつつ

前の田は 乾き乾かぬ 稲莖に 日のあたるのみ いまだ冬の田

田の水に つづる氷の 薄い罅 春の日ざしは 照りそめにける

水の田に 薄氷ただよふ 春さきは ひえびえとよし 映る雲行

刈かぶや 黝き稲莖 水ひかず ひたりつくして 冬もをはりぬ

春すでに 刈田に黒き 泥の面の ふくらみ柔し うちにほひつつ

うちはずみ にほふ青みや 兵ふたり 歩のそろひをり 田に映るかげ

長かりし 冬のねぶりよ 土いでて 蛙は水に まだもとろみぬ

しもと山 芽ぐむ春日を 水田には まだひえびえと 風のさざなみ

田の水に 來寄るさざなみ 刈株の 列竝のまに 光るさざなみ

寒くのみ いまだけぶらふ 雑木原 あゐむらさきに 照る日かげりぬ

うち澱み 春は病ましも 水の田に 映る曇の 日を透かしつつ

猫やなぎ 花はぜそめて 田川には 蛙子生れぬ 繁みかへる子

搖れ泳ぐ 蛙子見れば くろぐろと ひたり水漬きぬ 底に群るるは

雨づつみ 薄き田の面の 上清に おたまじやくしは よく泳ぐなり

かへる子は しじに濁せど 道つけて 薄ら氷のる 春の田の泥

雨づつみ にほへる見れば 紫雲英田や 春の日永は よくふりにけり

春の田に うつら啼き出る 蟇のこゑ えごの木の芽も ひらきたるらし

萌えいでて 柔き木の芽の 或る梢は 白うかがやけり 花かともあはれ

庭つ鳥 あそぶ田の面に 咲く花は 野芹げんげん 馬のあしがた

鶏まじり あそぶ野鴨の 埒なさよ 水には入らず 紫雲英田にゐる

春の田に しじに闌けゆく 芹の花 しろき鵞鳥の 頸根伏せたる

春茱萸や けむる嫩芽を 田川には 鶩ひとりが 行き戻りつつ

田の圦は 映るしもとの 叢嫩芽 この閑けさを いまだ塞きたる

和歌と俳句