和歌と俳句

齋藤茂吉

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さんげの心

雪のなかに 日の落つる見ゆ ほのぼのと 懺悔の心 かなしかれども

こよひはや 学問したき 心起りたり しかすがにわれは 床にねむりぬ

風ひきて 寝てゐたりけり 窓の戸に 雪ふる聞ゆ さらさらといひて

あわ雪は 消なば消ぬがに 降りたれば 眼悲しく 消ぬらくを見む

腹ばひに なりて朱の墨 すりしころ 七面鳥に 泡雪は降りし

雪のうへ 照る日光の かなしみに 我がつく息は ながかりしかも

赤電車に まなこ閉づれば 遠国へ 流れて去なむ こころ湧きたり

家ゆりて とどろと雪は なだれたり 今宵は最早 幾時ならむ

しんしんと 雪ふる最上の 上の山に 弟は無常を 感じたるなり

電燈の 球にたまりし ほこり見ゆ すなはち雪は なだれ果てたり

天霧らし 雪ふりて なんぢが妻は 細りつつ息を つかむとすらし

あまつ日に 屋上の雪 かがやけり しづごころなき いまのたまゆら

しろがねの かがよふ雪に 見入りつつ 何を求めむと する心ぞも

いまわれは ひとり言 いひたれども 哀れあはれ かかはりはなし

ゆふぐれて 心せはしく 街ゆけば 街には女 おほくゆくなり

根岸の里

にんげんの 赤子を負へる 子守居り この子守はも 笑はざりけり

日あたれば 根岸の里の 川べりの 青蕗のたう 揺りたつらむか

くれたけの 根岸里べの 春浅み 屋上の雪 凝りてかがよふ

角兵衛の をさな童の をさなさに 足をとどめて 我は見んとす

笛の音の とろりほろろと 鳴りひびき 紅色の獅子 あらはれにけり

いとけなき 額のうへに くれなゐの 獅子の頭を 持つあはれさよ

春のかぜ 吹きたるならむ 目のもとの 光のなかに 塵うごく見ゆ

ながらふる 日光のなか 一いろに 我のいのちの めぐるなりけり