和歌と俳句

齋藤茂吉

18 19 20 21 22 23 24 25 26 27

みなづき風

わが體に うつうつと汗 にじみゐて 今みな月の 嵐ふきたつ

みなづきの 嵐のなかに 顫ひつつ 散るぬば玉の 黒き花みゆ

狂院の 煉瓦の角を 見ゐしかば みなづきの嵐 ふきゆきにけり

日を吸ひて くろぐろと咲く ダアリヤは わが目のもとに 散らざりしかも

かなしさは 日光のもと ダアリヤの 紅色ふかく くろぐろと咲く

麥奴

病監の 窓のしたびに 紫陽花が咲き 折をり風は 吹き行きにけり

いそぎ来て 汗ふきにけり 監獄の あかき煉瓦に 降れるさみだれ

紺いろの 囚人の群 笠かむり 草刈るゆゑに 光るその鎌

監獄に 通ひ来しより 幾日経し 蜩啼きたり 二つ啼きたり

まはりみち 畑にのぼれば くろぐろと 麥奴は 棄てられにけり

七月二十三日

夏休日 われももらひて 十日まり 汗をながして なまけてゐたり

たたかひは 上海に起り 居たりけり 鳳仙花紅く 散りゐたりけり

鳳仙花 かたまりて散る ひるさがり つくづくとわれ 帰りけるかも

屋上の石

あしびきの 山の峡を ゆくみづの をりをり白く たぎちけるかも

鳳仙花 城あとに散り 散りたまる 夕かたまけて 忍び来にけり

天そそる やまのまほらに 夕よどむ 光を見つつ あひ歎きつも

屋上の 石は冷めたし みすずかる 信濃のくにに 我は来にけり

屋根にゐて 微けき憂 湧きにけり 目したの街の なりはひの見ゆ