和歌と俳句

齋藤茂吉

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きさらぎの日

狂院を 早くまかりて ひさびさに 街をあゆめば ひかり目に染む

平凡に 涙をおとす 耶蘇兵士 あかきじやけつを 着つつ来にけり

きさらぎの 天つひかりに 飛行船 ニコライ寺の うへを走れり

杵あまた 竝べばかなし 一様に つぼの白米に 落ちにけるかも

もろともに 天を見上げし 耶蘇士官 あかきじやけつを 着たりけるかも

まぼしげに 空に見入りし 女あり 黄色のふね 天馳せゆけば

二月ぞらに 黄いろの船の 飛べるとき しみじみとして 女をぞおもふ

この身はも 何か知らねど いとほしく 夜おそくゐて 爪きりにけり

神田の火事

これやこの 昨日の夜の火に 赤かりし 跡どころなれや 烟立ち見ゆ

天明けし 焼跡どころ 燃えかへる 火中に音の 聞えけるかも

亡ぶるものは 悲しけれども 目の前に かかれとてしも 赤き火にほろぶ

たちのぼる 灰燼のなかに 黒眼鏡 しろき眼鏡を 賣るぞ寂しき

あきうどは 眼鏡よろしと 言あげて みづからの目に 眼鏡かけたり

口ぶえ

このやうに 何に頬骨 たかきかや 触りてみれば をみななれども

目をあけて しぬのめごろと 思ほえば のびのびと足を のばすなりけり

ひんがしは あけぼのならむ ほそほそと 口笛ふきて 行く童子あり

あかねさす 朝明ゆゑに ひなげしを 積みし車に 會ひたるならむ