北原白秋

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

若葉して 日射明れど この空や 朝より煤の きらひふりつつ

根府川石や いまは日ざしも 夏まけて 板屋かへでの 若葉映ろふ

石の面に むらがる羽蟻 音立てて 香は時経ちし 春蘭の花

庭石に ささとむらがる ひとときは 柔き羽蟻も いきほひにけり

うちあがり 羽蟻かがよふ 若葉木の 暮合の空を いつくしみをる

靄ごめに 萌えてうづまく むらわかば 墓地の空こそ 照りあかりたれ

日はすでに 照りかがやかし 若葉木や 東に塔の つまぞ反りたる

瑞若葉 紅の扇骨木は 日の照りを 躑躅まじらひ 花かとも見ゆ

角吹きて うつら添ひ来る 荷かつぎの 夕ごゑながし 扇骨木生垣

父と母 夕安らけく 附かすなり 扇骨木もえたつ 墓地の霞を

佛には かかる和をと 宣らせこそ などか愛しき 光る若葉

若葉陰 しみみにまとふ 蟆子の羽の 眼にかゆきから われは掻くなり

椎はもえ 樟は闌けゆく 若葉森 この日移りの しづかなれこそ

石のべの 躑躅の蕊は 長けれど 萎えつつ垂りぬ 日の光沁み

寺おほき 山はこの空 寺ごとに 桐の花咲きて 匂ふこの空

花ふかむ 桐の木群の とのぐもり こもれる君が 空もわかなく

山川と をさなかりける 我さへや まさしく老いぬ 人は知らずも

とのぐもり 紫こもる 桐のはな 暮合の空に けふもなりぬる

朝早やも 咲きぬ咲きぬと 掻きためて 子がかかへ来る 花筒の花

童よ こは朝かげの 花ならず 夕かげに葬り み墓べの花

いづれよし 花は清しよ 朝花と 咲きも咲かずも 露しげき花

和歌と俳句