北原白秋

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墓地前の 花屋が花の 中明る みづみづし燈の 月の夜に見ゆ

月夜風 しろう幅だつ 墓地わきを 影はずみ來る 母と子らはも

椎若葉 けむる月夜の うつつにも 燈とぼす窗か 珠數かがりつつ

隈だちて 家廂ふかき 月の夜も おもての墓地は 照りまさりつつ

探海燈 夜空薙ぎゆく 墓地の森や 女のこゑも 月に立ち來る

うつしみと 夜のふけゆけば 草木みな 寝にしづむらし まして墓原

月よあはれ 立ち蔽ふ雲の いやはてを 火のごとも 光りけるかなや

我のみや 命ありと思ふ 人なべて 常久に生くる ものにあらなくに

わづかのみ 明る木膚の さるすべり 夜は深うして 笑ひけらしも

黒南風の 雲斷れにけり この夜ふけ 月ほそく光り 鷺と鶴のこゑ

眞夜中と いよよしづもる 夜の空の 梧桐のはな ちりそめにけり

繊くのみ 月の見え來る 短夜を まだ最中なり 落ちしきるもの

吾が觀るは 幽世ならず 朴の葉に 月出で方の 黄の火立なり

ほそき月 夜ふけて光る ひむがしは 雲黒くして あらはえの風

草いきれ あつき日なかに 汗は滴り 無縁の墓の うつら晝貌

日ざかりは 未だし現しき もののつや ほの肉色の 晝貌のはな

そよろと 風過ぎしとき 日中の 晝貌の花ぞ 内ら見せたる

石だたみ 墓地の十字路の 日の闌けに 音とめにけり 落つる榎の實

うしろ肩 大き佛ぞ いましける 月の光の ながれたるかも

暮れにけり 露佛の螺髪 くろぐろと 月あかりして うづたかき肩

和歌と俳句