北原白秋

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梅雨ふかし 薄ごもりに 生みためて 鶏の卵の 光澤も失せぬる

卵ひとつ 生まずあはれと 見つつゐし 生みてありけり 鶏は草生に

半夏生 早や近からし 桐の葉に 今朝ひびく雨を 二階にて聴く

しやしやと 來て篠懸の 葉をひるがへす 青水無月の 雨ぞ此の雨

断層の 青萱見れば 吹きなびく 風竝しるし かがやきにけり

梧桐の ふふめる花の 穂に立てば 二階も暑し 窗は開け置く

日は午なり 靄たちこむる 向う空に カキ色の氣球 熱しきりたる

午の坂 黄なるドレスの のぼりゐて 電柱の影が 彎みたり見ゆ

憤怒 堪へつつのぼる 我が歩み 陸橋にかかり 夏の富士見ゆ

陽炎の 搖りあふる見れば 朱の桁や 鐵橋はいまだ 架け了へずけり

かうかうと 鐵の鋲うつ 子ら見れば 朱の鐵橋は 雲に響けり

蒸す雲の 立雲思へば 息の緒に 息こらへ立つ 憤怒の神

こまごまと 茱萸の鈴花 砂利に散り あはれなるかなや 照りのはげしさ

日は暑し のぼり険しき 坂なかば 築石垣の こほろぎのこゑ

白榮の 暑き日でりの 竹煮ぐさ 粉にふきいでて いきれぬるかも

馬込盆地の 暑き小峡に うちひびき 蛙は啼けり 草いきれ立ち

聲合す 草田のかはず 晝闌けて 間を啼きしぶれ 深むものあり

和歌と俳句