北原白秋

9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

吾が門は 通草咲きつぎ 質素なり 日にけに透る 童らがこゑ

厨戸は 夏いち早し 水かけて 雫したたる 蝦蛄のひと籠

小さき鐘 撞木とりそへ 吊したり この家のはひり すがしとも見よ

小さき鐘 掛けてすがしき このはひり 戸は鎖しにけり そよぐ木の影

風そよぐ ヒマラヤ杉の 二三本 はひりの庭は 今朝もすずしさ

吾が童 鐘にとどかず 脚立より のびあがりうつ 面仰向けて

戀しかる 晝は待てども うつ鐘の またわづらはし 人にこそよれ

誰待つと 家居るならず おなじくも 憂ふる人の 來よと思ふのみ

まれびとか 或は來けらし 軒鐘や 音のさやかに ふたつ鳴りたり

家垣の 築土のあやめ 咲きにけり 童な手折り 通りすがりを

あやめ咲く 築土に添へば 鴨跖草や 隣もすずし ひり亂る露

蟆子の立 口にかゆきか 吾が童 夕ばえの頃は 聲はずむめり

月はあれど 夕立つ雲の 氣に見えて なにか逸れたる 蒸しかへしなり

日に闌くる 草の香嗅げば この崖や 晝貌の咲く 色もまじれり

晝貌は 晝もあはれや 容貌清き 稚どちゐて 草に坐りぬ

草生には 出で入る子らが 二人ゐて 晝ふかきかなや 大き星見ゆ

月のごと 大き星晝の 空にあり ウインネツケよ あはれ人は貧しさ

うち開く わが屋は高し ゆりの木の ほすえに花も 現れにけり

大き鳶 たわたらと來て 過ぎるとき 穂にあざやけき 丹波栗の花

大き窗 今朝うちひらき 朗らなり 芝の刈生に 子は飛び下りる

白き柵 をどり越え來て わが太郎 窗這ひあがる この朝づく日

和歌と俳句