北原白秋

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燈や消えし 眼のあきらけき あはれとぞ 沈痛に人の 言ひて笑ひき

水楢の 柔き嫩葉は み眼にして 花よりもなほや 白う匂はむ

豊けくや 匂ふ藤浪 房垂れて ひと鉢の空を その色とせり

莟みける 短かかりしか 臈たけて 房ごとごとに 長き藤浪

糸づくり 光るサヨリは すずしくて 早や夏近し 鉢の藤波

触りよき 空にしだるる 藤浪の 下重りつつ とどめたる房

牡丹の 四方の明りは しづけくて 色無きがごとし こもる蚊のこゑ

白牡丹 光発ちつつ 和久し 自界荘厳の 際にあらむか

陰にして 紫紺の香ひ すさまじき 藤浪にあれや 夜の灯闌けたる

藤浪は 重りしだるる 夜のしじま 世界動乱の 気先観むとす

隆太郎 富山高校に 入りてより 早や四十日にもなりぬ

鉢の藤 かかへ危ふき その母と 畳にぞ下ろす 房ゆらゆらに

ひと鉢を 藤は老木の 片寄りに 房しだれたり 空しき椅子に

藤といへば 早やも夏場所 夕こめて 鉄傘の揺ぎ ラヂオとよもす

我が眼には 黝きのみなる 藤浪の 散りかつ散りぬ け長き房を

鉢うづむ 藤の散花 干からびて 手に触るるほどは 音に立つめり

花ひとつ 片枝に留むる 玉蘭の 我が視野にして 煙霞はてなし

裏端山 匂ふ霞の おほよそは 聴きつつ居らむ 聴くに幽けき

春山は えごのしもとの とわたりを 闌けつつかあらし きよろろ鶯

閑けさは 春の蚊をすら 羽ぶき澄む 浅間の鷹の ごとも聴き居つ

春すでに 闌けてほけゆく 紫雲英田は 我が木戸過ぎて 打越橋まで

下空に 沈みかがやく 花見えて 我が夕闇は 迫れるごとし

表には 月夜あかるき 我が山を 春のしぐれか 背戸わたりゆく

和歌と俳句