山ざとに秋を早目に刈る稲はいまだもあをし露しとどなる
雨あとはあさより日照れ川かみの山かひの霧ながれ出づれど
秋のうつりとみに早きか昨日今日山のなりもの齎しつづく
ゆふぐれは軒に音やみ雨あがる露ぞあかるしみぎりの紫苑に
背戸庭は常のゆふべも掃くつちに蟲ぞ鳴くなる鶏頭のした
花咲きてたふれしままの鶏頭ばな屋敷のみちを人ゆき慣れぬ
人ゆかぬ庭のしみより鶏頭の立ちて朽ちしを抜きて捨てしむ
素枯れたる紫苑のそばに鶏頭はいよいよ赤しつゆ霜ふれど
満月は暮るる空より須臾に出てむかひの山を照りてあかるし
照る月のななめに射せば塀のうちはなほ夕闇の蔭おほき庭
秋山に雨あるるとき木の間より熟れ田へいでて鴉の啼きつ
あけがたに降りやむ雨は霧となり山をこめたり川ちかきおと
山かひに霧吹きはらふ青ぞらは黄葉の嶺にかかる朝月
うら山は照りてしぐれる下田より手にとるごとき近き虹立つ
雨いたく冬かみ鳴りのとどろくや今宵四方山おち葉つくさむ
雨ふれば寒さうながすか鉢前の山茶花白く早咲ひとつ
前栽に霧ながるれば朝あさを紅きさざんくわ花ふえて見ゆ
山茶花はつぎつぎ紅き莟もてり咲きをはるべきときの知らなく
霜しろく葉に置くあさは山茶花にくれなゐの露凍るべく見ゆ
村雨があられとなりて暫時ふる庭はさざんくわに花ゆたかなる
季候にあはぬ暦はかへる要なきか暗きみ冬に新年をむかふ
病むわれに妻が屠蘇酒をもて来ればたまゆら嬉し新年にして
正月のぐわん日といへど日暮より唯しづかなり雪ふかき里
子どもらの年祝ぎあそび賑はひて雪ふる夜の更けがたきかも
病む室の窓の枯木の櫻さへ枝つやづきて春はせまりぬ