木下利玄

黒き虻白き八つ手の花に居て何かなせるを臥しつつ見やる

黒土をほればひそめる百合の根に冬の日ざしのまつはりに来る

朝の雪谷間の石につもれるを温泉の硝子戸によりそひて見る

納屋の屋根の昼の雪どけ四十雀いくつも前の木の枝に鳴く

向う岸の崖の日なたの南天の赤き實よ實よさなむづかりそ

去りがてに蜜柑畑をさまよひぬひくくしげれる緑したしみ

我が顔を雨後の地面に近づけてほしいままにはこべを愛す

食卓の牡丹の花に見入りつつ四月二十日の昼とあひみる

牡丹園のすだれをもれて一ところ入日があたり牡丹黙せり

生きものの身うちの力そそのかし青葉の五月の太陽が照る

緑葉の陰に嬰兒の足の指ならべみ山すず蘭花もちにけり

ほのぼのとわがこころねのかなしみに咲きつづきたる白き野いばら

桐の花雨ふる中を遠く来し常陸の國の停車場に咲く

雨後の昼を水戸市に入ればひたひたと水にごりみてる路傍の小川

公園の梅林の青葉がくれの青き實のその昼われにしたしみしなり

いましがた我が身のありし丘をよそに汽車は汽車とて走せすぎにけり

みちのくの一の関より四里入りし畷に日暮れ蛍火をみる

賊住みし窟に近きみちのくの水田の畔に燃ゆるほたる火

みちのくの石原道に日は暮れて揺るる俥に蛍とびくる

たそがれのあかるさも消え肌さむみ心つつしみ俥にゆらる

長雨がやみてみたればしみじみと秋はわれらに交りゐたり

山深み草木しげる草木がわれにせまり来われにせまり来

障子あくる音かろらかにすみたれば縁の日ざしに心よるかも

こまやかに夕べの冷えが身にそひて初秋の山にさしぐみにけり

東京を遠く南に感じつつ白石町をとぼとぼあるく

和歌と俳句