木下利玄

いとし子のつめたきからだ抱きあげ棺にうつすと頬ずりをする

友禅のをんなのごとき小袖着て嬰兒兒は瓶の底にしづみぬ

父母の涙ぬぐひしハンケチを顔にあてやり棺にをさむ

小さなる笠よ草履よはた杖よ汝が旅姿ゑがくにたへず

人形を相手となしてな泣きそ雨そぼふりて寂しき夜も

安らかにあれかし今はわが力及ばねばただそれのみをこそ

木の繁る上野の奥の土しめる谷中の墓地にわが子葬る

墓地の杉蝉はなけどもいとし子は姿も見えず土に入りつつ

寺の門敷石の上にさくら木の黄なる葉散れり晩夏の日照

子の生れ子の死に行きし夏すぎて世は秋となり物の音すむ

遠方に鍛冶屋かねうつ音すみて秋ややうごく八月のすゑ

曼珠沙華か黒き土に頭あぐ雨やみ空のすめる夕べに

墓ならぶ谷中の墓地に利公も小さき墓標を立ててねむれり

若き母頭痛むに手を當ててむかふわが子の墓標の白さ

線香の煙墓標をめぐれるを二人ふりむき去りがてにする

四十雀頬のおしろいのきはやかに時たま来り庭に遊べる

女の子頬ずりしたし鶏頭の毛糸の手鞠咲き出でにけり

鶏頭の黄いろと赤のびろうどの玉のかはゆき秋の太陽

ダリヤ咲くさけばさきたるしみしさに花の瞳の涙ぐみたる

疲れたる光の中にコスモスのあらはに咲ける午後頭痛する

コスモスの花群がりてはつきりと光をはじくつめたき日ぐれ

菊切れば葉裏にひそむ蟲のありうごきもやらぬこの哀れさよ

蕎麦の花しらじら咲けり山裾の朝日のささぬ斜面の畑に

埼玉のとある小村の停車場の柵のダリヤに秋の陽あつし

日光にちかき停車場杉の木の暗きが前にコスモス光る

和歌と俳句