菅の根の 長き春日を 端居して 花無き庭を ながめくらしつ
我庭の 小草萌えいでぬ 限りなき 天地今や よみがへるらし
時鳥 鳴きて谷中や 過ぎぬらし 根岸の里に むら雨ぞふる
夜毎夜毎 初夜打つ頃を 左の ゐさらひいたみ 時鳥なく
十ばかり 椿の花を つらぬきし 竹の小枝を もちて遊びつ
鶏の つつく日向の 垣根より うら若草は 萌えそめにけん
物のけの 出るてふ町の 古館 蝙蝠飛んで 人住まずけり
山毎に 緑うるほひ 家毎に 花咲かせたる 日の本うれし
故郷の 老木の櫻 朽ちにけり 我見しよりも 三十年ぞ経し
世の中に 戀しき人も なかりけり 月の都の 奥や尋ねん
劔うつ 小鍛冶が槌の 音冴えて 稲荷の梅の 眞白に散る
丁とうてば 丁とうつ槌 音冴えて 鍛冶屋の梅の 眞白に散る
紅葉落ち 瀧涸れ盡す 岩の上に 焔燃えんとす 不動明王
紅梅の 酒屋てふ酒屋 紅梅の 酒てふ酒を 賣ると人のいふ
衣を干す 庭にぞ来つる 鶯の 紅梅に鳴かず 竹竿に鳴く
人も居らず 女机の 硯箱 紅梅さしぬ 水入の水に
紅梅の 咲く門とこそ 聞きて来し 根岸の里に 人尋ねわびつ
紅梅に 来居る鶯 鳴きやめて やがてぞ下りぬ 水鉢の上に
紅梅の 咲けども鎖す 片折戸 狂女すむ宿と きくはまことか
文寫す 窓の紅梅 咲きそめて 紅うつる 薄様の上に