和歌と俳句

正岡子規

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江東の 三千の子弟 皆盡きて こよひ限りの 月に楚歌を聞く

山里に ひとり堪へたる 淋しさを 夜の狸の 礫うつなり

空近き 山のいただき 登り来て 見下す山に 雲湧きおこる

餅あげて 狸を祭る 古榎 紙の幟に 春雨ぞふる

薪こる 人の住むてふ 大原は 春雨多し 名どころにして

橋越えて 柳の多き 小村かな 春風吹いて 春雨のふる

淀川の 堤を上る 舟引の 足もななめに 春雨のふる

敦盛の 墓弔へば 花もなし 春風春雨 播州に入る

美しき 鳥飛び去つて 暮れぬ日の 春雨細し 青柳の門

都近く 世を離れたる 人ならし 傘歸る 春雨の里

筵圍ふ 麥の畠の 假小屋に 春雨ふりて 芝居今日もなし

お長屋の 高き小窓に 春雨の 川行く舟を ひとりながめつ

驛路の 桃の花散る 春雨に 傘さして 旅人の行く

もののけの 出るてふ家に 人住みて 笑ふ聲する 春の夜の雨

柴の戸に 入らんとすれば はらはらと 傘はらふ 青柳の絲

筒井筒 井筒は朽ちて 古柳 柳緑す のぞく子もなし

畑の中に 筵かけたる 村芝居 菜の花咲けり 花道の下に

雲雀鳴く 空に星消え 月落ちて 一筋赤く 日上らんとす

空高み 雲雀の声に 日はさせど 里まだ明けず 山陰にして

野の空の 夕暮寒み 風荒れて 武蔵の雲雀 下総に落つ