和歌と俳句

正岡子規

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夏の日を 風も通はぬ 伏廬に ひとり見る雪 森を掩ふの圖

壁の畫を 涼しき風の 動かして 林の雪の 散るかとぞ思ふ

繪を挂けて 夏を静かに 觀ずれば 風冬の如く 雪壁に満つ

くろがねも まがねもとくる 熱き日に 落ちて聲あり 深山木の雪

世の中の 熱さは知らじ 葎生の 雪のうてなに 遊ぶ兎は

鶴に乗る 夢ならなくに しろがねの 雪の都に 我は来にけり

大磯に 箱根に涼む 夏の日を 雪の深山に 遊びくらしつ

庵の外は 蝉鳴いて暑き 日なりけり 庵の内なる 寒林の雪

咲きそめて 盛を待ちし 萩の花 あら腹だたし 枝折れてけり

夜嵐の 名残もしるく うつむけに 倒れて咲ける おしろいの花

花もなき 草に飛ぶなり 夜嵐に 宿りうしなふ 蝶の一群

夜もすがら さわぐ野分の 音絶えて 雨戸あくれば 垣なかりけり

起しても 首うなだるる かまつかの 物思ふさまぞ あはれなりける

咲きいづる 花のことごと 吹き折りて うたて世の中 うたてありけり

椎の枝 楢の梢を 吹きくだく 野分の風よ 萩もあらばこそ

鶏頭は 倒れぬ萩は 折れふしぬ しどろに物を まどふ朝かな

天と仰ぐ わが大君の ためならば 火に入る命 をしけくもなし

このゆふべ たちもとほりて 鳴く鴉 鳴く聲悲し よけくや君は

空かける 鳥事とはば やつこわれ 猶世に在りと 君に告げこそ

さしなみの 大和の國は 狭けれど 民ゆたか也 のりにとるべく