和歌と俳句

正岡子規

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言さへぐ からの娘の 住むといふ 軒のつま梨 花咲きにけり

月照す 狩衣姿 ほの見えて 春の夜深く 笙を吹く

故郷の 埴生の雨に 子を抱きて 戀ひつゝあらん 吾妹子我を

群れ走る 蘆毛月毛の 駒の尾に 春風吹きて 御代しづかなり

売る 子よ言問ん 大原の 八瀬の尼君 恙まさずや

その昔 ありし二人の はらからが 摘みのこしけん 痩わらびかも

かざり馬に 花よめ載せて 雲雀鳴く 麥生の小道 婿のがり行く

雲雀鳴く 春になりけり 足なへの 我にあらずば 旅行くべきを

昔わが さしておきつる 井のはたの 柳の枝に 鴉鳴くなり

しもつけや しめぢか原に 春暮れて 葉廣さわらび 人も訪ひ来ず

臥しながら 雨戸あけさせ 朝日照る 上野の森の 晴をよろこぶ

朝牀に 手洗ひ居れば 窓近く 鳴きて 今日も晴なり

たまたまに 障子をあけて ながむれば 空うららかに 鳥飛びわたる

夢さめて 先づ開き見る 新聞の 豫報に晴れと あるをよろこぶ

目をさまし 見れば二日の 雨晴れて しめりし庭に 日の照るうれし

晴るゝ日を 病の牀に すわり居て 文讀み居れば 文面白き

うらゝかに ぬくき日和ぞ 野に出でて 桃咲くを見ん 車やとひ来

あたたかき 日を端居して 庭を見る 萩の芽長きこと 二三寸

朝晴に 花賣る人を 呼び入れて 緋桃を買はず 連翹を買ふ

カナリヤの 囀り高し 鳥彼れも 人わが如く 晴を喜ぶ

夕つゝの かがやく空は 暮れにけり 明日の日和の 晴も知るべく

蠶飼する 木曽の山里 五月来て 桑の實赤し 鳴くほとゝぎす