和歌と俳句

正岡子規

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公園の 坂を登れば 蝉さわぐ 高木の陰に 氷店あり

物干の 衣の袖に 蝉鳴きて 昼照草に 日は夕なり

頭痛む 宿を立ち出で 逃れ入る 濱邊松原 蝉の乏しき

夢さめて 戸いまだ明けぬ 閨の中に 蝉鳴く聞ゆ 日和なるらし

月ひとり 端居し居れば たまさかに 一聲蝉の 枝移りする

蝉鳴きて 涼しき森の 下道を 旅行く人の 過ぎがてぬかも

蝉の鳴く 森の梢に 風過ぎて 松葉杉葉の はらはらと落つ

椎の木の 木末に蝉の 聲老いて はつかに赤き 鶏頭の花

願はくは 都はづれの いきな家に 遣水清く 金魚かはまし

望月の たれる面わの 絹團扇 君に贈らくは 蛍うてとぞ

おのが身し いたはしければ 病みこやす 君が床邊を とひがてぬかも

友の来て 君の病を 告げけらく けふも熱あり 目いたく落ちぬと

君が行く 伊豆のいでゆは 我も知る 水清くして よき栖みどころ

岩はしる 水の流れの ただ中に 湯玉わきたつ いで湯くすしも

世の中の 兀嶺兀山 後のために 杉の林を 植ゑんとぞ思ふ

天ざかる 鄙にし居れば 大仁の うものはたけに 芝居見るかも

田舎路の 馬車に日暮れて 御者をりをり 馬を励ます 聲の淋しも

紫陽花の 花咲く山の 山の奥に 悪魔こめたる 窟ありけり

鎌を持つ 賤見し時は 心弱み 殺さるゝかと 思ひぞわがせし

此里に 悲しき者の 二つありけり 範頼の墓と 頼家の墓と