和歌と俳句

正岡子規

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川に臨む 生垣ありて 水の上に こぼれんとする 山茶花の花

露草の 朝露重み 枝たれて 野川の泥に よごれてぞ咲く

汽車とまる ところとなりて 野の中に 新しき家 廣告の札

壁たつる 崖の細道 行く車 輪おどる毎に 生けるこゝちせず

限りなき むさしのの原を ながめけり 車立てたる 道灌山の上

人あまた のゝしる聲の 近づきて 檜葉の森より 檜葉擔ひ出づ

武蔵野の 空の限りの つくばねは 我居る家より 低くおもほゆ

畫にもならず 歌にもならず 武蔵野は 只はろばろに 山なしにして

岡の茶屋に わが喰ひ残す 柿の種 投げば筑波に とどくべらなり

ガリバーの 小人島かも 箱庭の すゑものゝ人の 動きいでしかも

其木知りぬ 其名も知りぬ くさぎとは 此名なりけり 此木なりけり

婆が茶屋は いたく荒れたり 昔わが 遊びに来ては 柿くひしところ

此阪は 悪き坂なり 赤土に 足すべらせそ 我をこかしそ

ありがたき 法の教へと 思ふ哉 柩を送る 観音菩薩

晴れわたる 秋のみ空を 飛ぶ鳥は 鶴にやあらん 鷺にやあらん

うつくしき 千種の花も かまつかの 葉のくれなゐに 及ばざりけり

アメリカの 船のりミラー 横濱に 人を殺すと いふ事何なり

柿を守る 吝き法師が 庭にいでて ほうほうといひて 鴉追ひけり

網もれて 落つる鰯を 拾ふ子を 見れども海人は しからざりけり

鳥も鳴かず 人にも逢はぬ 山の奥に 谺聞えて 石切るらしも

芋阪の 團子賣る店 にぎはひて 團子くふ人 團子もむ人

武蔵野に 秋風吹けば 故郷の 新居の郡の 芋をしぞ思ふ