和歌と俳句

正岡子規

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まき狩の 猟男歸りし 夜は更けて 妻戀ふ鹿の 聲一つなり

こもりくの 初瀬の雄鹿 鳴く聲に こもりの人の 涙落ちにき

狩人の 笛とも知らで 谷川を 鳴き鳴きわたる 小男鹿あはれ

宮島の 山の秋草 分け行けば 逃げ去る鹿に 驚かされぬ

宮島の 島の浦わに 伏す鹿を 撫でんとすれば 起きて逃げけり

鹿打ちて いたき仕置に 逢ひきとふ 昔がたりは あはれなりけり

月丸き 尾上の草の 草むらに 雌鹿うつむき 雄鹿仰ぐ圖

宮島の 紅葉が谷は 秋闌けて 紅葉踏み分け 鹿の来る見ゆ

松を催く 嵐の夜半を 妻こふる 鹿の思ひよ 命なりけり

春日野の 神のともし火 影見えて をちこちに鳴く さを鹿の聲

露かわく 森の下草 わけ入れば 梢の蝉の 聲さわぐなり

蝉のなく 森の下草 わけ入れば 人の詣でぬ 祠ありけり

冬枯の 花なき園に 飛ぶ蝶の けふの命に 嵐ふくなり

八百萬 千萬神の いでたゝす 雲の旅路は にぎはしきかも

暁の 寒く晴れたる 庭にいでて 鶏頭を伐る 冬は来にけり

壇をなして つくりし菊の かたはらに つくらぬ菊の このもしきかな

わたつみの 龍の都の うろくづを 都をとめに 見せんとたくみき

むら雨に ぬれし佛の 御手の上に 紅葉ふき亂す 山おろしの風

馬のひく それにもあらず エレキトルの それにもあらず 車やれこそ

久堅の 天とこしへに あらがねの 土うるほひて 菊開く國