左夫流子が斎きし殿に鈴懸けぬ駅馬下れり里もとどろに
橘は花にも実にも見つれどもいや時じくになほし見が欲し
なでしこが花見るごとに娘子らが笑まひのにほひ思ほゆるかな
さ百合花ゆりも逢はむと下延ふる心しなくは今日も経めやも
去年の秋相見しまにま今日見れば面やめづらし都方人
かくしても相見るものを少なくも年月経れば恋しけれやも
いにしへよ偲ひにければほととぎす鳴く声聞きて恋しきものを
見まく欲り思ひしなへにかづらかげかぐはし君を相見つるかも
朝参の君が姿を見ず久に鄙にし住めば我れひにけり
この見ゆる雲ほびこりてとの曇り雨も降らぬか心足らひに
我が欲りし雨は降り来ぬかくしあらば言挙げせずとも年は栄えむ
天の川橋渡せらばその上ゆもい渡らさむを秋にあらずとも
安の川い向ひ立ちて年の恋日長き子らが妻どひの夜ぞ
雪の上に照れる月夜に梅の花折りて送らむほしき子がも
我が背子が琴取るなへに常人の言ふ嘆きしもいやしき増すも
あしひきの山の木末のほよ取りてかざしつらくは千年寿くとぞ
正月立つ春の初めにかくしつつ相し笑みてば時じけめやも
藪波の里に宿借り春雨に隠りつつむと妹に告げつや
春の園紅ひほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子
我が園の李の花か庭に散るはだれのいまだ残りてあるかも
春まけても悲しきにさ夜更けて羽振き鳴く鴫誰が田にか棲む
春の日に萌れる柳を取り持ちて見れば都の大道し思ほゆ
もののふの八十娘子らが汲み乱ふ寺井の上の堅香子の花
燕来る時になりぬと雁がねは国偲ひつつ雲隠り鳴く
春まけてかく帰るとも秋風にもみたわむ山を越え来ずあらめや