和歌と俳句

加藤知世子

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昭和二十年
川音や草萌近き崖を去る
医師探す知らぬ街角冴返る
春暁の撫ずれば光る柱かな
青竹に埋れんとして嵯峨に入る
雪空を足早に来て香をたく
ピアノの音飛々にして年を越す

昭和二十一年
元朝の吹かれては寄る雀二羽
寒牡丹貨車が地響きしてまぶし
ピアノ弾く雪もよひへと曲高く
雪解の雫に合はせピアノ弾く
考へて笑へば近し庭菫
没日なほ山吹の黄は続くなり
に目覚め近づく頬赤らむ
木の芽照り書きたきことは定まりぬ
朝霧へ常にほのめき捲くキャベツ
緋牡丹の爪に映えゐて針すすむ
額の花星へ匂ふよ飢しのぐ
額の花暗き根本へ風沈む
群雀に鵙一羽ゐて左右向く
曼殊沙華稚児の歩みを危うす
振向きし蟷螂の目は燈の色に
校門を閉ざすや荒ぶ花八つ手
花八つ手暗誦いつも澄んでくる
土なし家なし時雨ばかりを聞く我等
春暁や馬に通ずる声の冴え
頬白や配色となる古毛糸
蝌蚪の数流れとなつて池変る
柚子を見る目人を見る目もかくありたし
たらちねのあかぬ目によせ帰り花
帰り花母の言の葉詩に近し
朝の虫牛はほのぼの眠りをり
朝寒の顔拭きやりて別れきぬ
北風を来し骨相とがり描きやすし

昭和二十二年
白蓮や塑像のごとく唇触るる
聖歌飢を打ちては戻る松の花
の送る微風へ哭きやみぬ
芽吹く山知らぬ路なり行くよりなし
片栗や自づとひらく空の青
杉は夕焼下萌の辺は尚明るし
咲いて胸に孕みし風豊か
さみどりに拡がる楽や空したたり
菖蒲湯に乳房冷えゆく死の報せ
朧月置く仏像の顔もかなし
朧月睫毛に落ちて刻知らず
風車鳴り飢餓越えてくる読書欲
濯ぐ指郭公鳴いて仄めきぬ
金剛の朝東風とどく朝鏡
百合の香の袖に含みし朝鏡
弥勒の眼無我で見てゐて風薫る
禅僧に問へぬ仕種や菩提樹かぐ
草苺朝の赤さや歌の中
歌札にくるめく蝶の三つ巴
花梓引寄せて歌いや遠し
白蓮に歌はかよへど飢残り
我に飢鹿の媚には梅雨陽射し
紫陽花と空とある水音澄めり
栗の花に夕焼のぼり亡き母恋ふ
青嵐飢と読書に焔だち
蛇避けし足場くづれて視野ひらく
蛇の視線礫はつしと飢の渦
薄虹や娘の文学のニュアンスに
夏痩や枯枝の雀口刮る
孤児に主婦の力遠しや夏痩せて
雷雨の道一筋の燈へ爪赤し
霹靂や鶏頭もえてゆくばかり
桐一葉足りぬ厨の歌に舞ひ
菊に林檎に立つ俤はみづみづし
立つや俤没日真赤な時雨忌に