和歌と俳句

與謝野晶子

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このおもひ 真昼の夢と 誰か云ふ 酒のかをりの なつかしき春

みどりなるは 学びの宮と さす神に いらへまつらで 摘む夕すみれ

そら鳴りの 夜ごとのくせぞ 狂ほしき 汝よ小琴よ 片袖かさむ

ぬしえらばず 胸にふれむの 行く春の 小琴とおぼせ 眉やはき君

去年ゆきし 姉の名よびて 夕ぐれの 戸に立つ人を あはれと思ひぬ

十九のわれ すでに菫を 白く見し 水はやつれぬ はかなかるべき

ひと年を この子のすがた 絹にならず 画の筆すてて 詩にかへし君

白きちりぬ 紅きくづれぬ 床の牡丹 五山の僧の 口おそろしき

今日の身に 我をさそひし 中の姉 小町のはてを 祈れと去にぬ

秋もろし 春みじかしを まどひなく 説く子ありなば 我れ道きかむ

さそひ入れて さらばと我手 はらひます 御衣のにほひ 闇やはらかき

病みてこもる 山の御堂に 春くれぬ 今日文ながき 絵筆とる君

河ぞひの 門小雨ふる 柳はら 二人の一人 めす馬しろき

歌は斯くよ 血ぞゆらぎしと 語る友に 笑まひを見せし さびしき思

とおもへばぞ 垣をこえたる 山ひつじ とおもへばぞの 花よわりなの

庭下駄に 水をあやぶむ 花あやめ 鋏にたらぬ 力をわびぬ

柳ぬれし 今朝門すぐる 文づかひ 貝ずりの その箱ほそき

「いまさらに そは春せまき 御胸なり」 われ眼をとぢて 御手にすがりぬ

その友は もだえのはてに 歌を見ぬ われを召す神 きぬ薄黒き

そのなさけ かけますな君 罪の子が 狂ひのはてを 見むと云ひたまへ

いさめますか 道ときますか さとしますか 宿世のよそに 血を召しませな

もろかりし はかなかりしと 春のうた 焚くにこの子の 血ぞあまり若き

夏やせの 我やねたみの 二十妻 里居の夏に 京を説く君

こもり居に 集の歌ぬく ねたみ妻 五月のやどの 二人うつくしき