夕ぐれを 花にかくるる 小狐の にこ毛にひびく 北嵯峨の鐘
見しはそれ 緑の夢の ほそき夢 ゆるせ旅人 かたり草なき
胸と胸と おもひことなる 松のかぜ 友の頬を吹きぬ 我頬吹きぬ
野茨をりて 髮にもかざし 手にもとり 永き日野辺に 君まちわびぬ
春を説くな その朝かぜに ほころびし 袂だく子に 君こころなき
春をおなじ 急瀬さばしる 若鮎の 釣緒の細う くれなゐならぬ
みなぞこに けぶる黒髮 ぬしや誰れ 緋鯉のせなに 梅の花ちる
秋を人の よりし柱に とがめあり 梅にことかる きぬぎぬの歌
京の山の こぞめしら梅 人ふたり おなじ夢みし 春と知りたまへ
なつかしの 湯の香梅が香 山の宿の 板戸によりて 人まちし闇
詞にも 歌にもなさじ わがおもひ その日そのとき 胸より胸に
歌にねて 昨夜梶の葉の 作者見ぬ うつくしかりき 黒髪の色
下京や 紅屋が門を くぐりたる 男かわゆし 春の夜の月
枝折戸あり 紅梅さけり 水ゆけり 立つ子われより 笑みうつくしき
しら梅は 袖に湯の香は 下のきぬに かりそめながら 君さらばさらば
二十とせの 我世の幸は うすかりき せめて今見る 夢やすかれな
二十とせの うすきいのちの ひびきありと 浪華の夏の 歌に泣きし君
かづくきぬに その間の床の 梅ぞにくき 昔がたりを 夢い寄する君
それ終に 夢にはあらぬ そら語り 中のともしび いつ君きえし
君ゆくと その夕ぐれに 二人して 柱にそめし 白萩の歌