和歌と俳句

與謝野晶子

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おくつきの 彼方の世にて わびぬべき 恋のつかれを ふと思ひみぬ

われ泣きて 大き邸の 黒門の 側のを つみてかへりし

水へだて 鼠つばなの 花なぐる ことばかりして 飽かざりしかな

月の夜や 木立も草も 花もなし 水をたたへて 馬だらひを置く

神主の 白麻ごろも よろしきは 君が浅紫の 袖ふるごとき

一たびは わがききしこと わが云ひし ことなどつづり よそにやるらむ

押せばつと 戸あきし夜より 大方の 花ごころとも なりにけるかな

眉すこし うちふるはして けしきばむ 憎き少女に 向ひ居てまし

かろがろに 移る心の みづからを 知りえし今日の 心のかろさ

初めより いつはりけるか 初めより その初めより いつはりにける

あかつきの 風の童の 来るに逢ふ しろきうばらの きぬぎぬの路

ゆきありく 若葉の中の 庭つくり よき紅の 袍きせましを

秋の日の こころよさかな 君死にて 髪切る日さへ さやに見えつつ

皷皮 ふつと破るると 三味線の 糸の切るると いづれもよろし

秋風は 必らず音す すくなくも わが傍らの 子のくろ髪に

水草の みどり葉浮きぬ 御仏の 堂の畳に 銭おちしごと

ゆく春の 夜をもてはやす 男たち 何ごとか云ひ 琵琶たたきけり

それがしの 翁とてしも 君が名を 淀まず云ふは 五十とせののち

山の水 もとの心を わすれきぬを よきこととして 樋をながれ行く

男にて いませるゆゑに 罪なしと 須勢理姫さへ ゆるせしものを