和歌と俳句

與謝野晶子

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春雨や 薬の棚を あけはなち 毒をえらべる 人のまぼろし

やはらかに われの心の 埴かへし なわすれ草の 種まきし人

おとろへを うれふるきはに あらねども 歌のあはれに なりにけるかな

いさむるは 往ねよと云ひて 目をとぢぬ わがこの心 いとたけしかし

その昔 よこしまもなく 頼みてし 日もこの頃も 男かはらず

ふれつるは 髪なりけるか 風なるか 手かまぼろしか あるは頬なるか

そら色の 衣を吸はせて 君ありぬ 椅子のうしろの 籐のあじろに

しづく程 血吐するわれの 病ゆゑ 経になじめる 春のくれがた

わが知らぬ 君がむつごと わが胸に 浮びくるたび 牡丹おとしぬ

王ならぬ 男の前に ひざまづく はづかしき日の めぐりこしかな

うぐひすや 青き渚に 船来やと 高く登りて 見るは誰がため

えぞ菊の 中に交れる いたましき 鳥かぶとのみ 見ゆる古さと

いにしへの こと云ひつづけ いつまでも 変らぬさまの むつごともしぬ

男をば 日輪の炉に あぶるやと ひと時磯に 待てばむづかる

語ること いと嘆かしく 物食むが つらき日つもり 涙おほかり

風きたり 山を吹く日に 裾野原 むらさめふりて 羊歯の波うつ

天地を 氷の羽に つつみつつ 大しら鳥が さむき息つく

恋と云ふ 思ひを知りて 日もおかず 男まうけぬ あなまがまがし

石竹の 瓶のもとにて 息づくは 今死ぬほどに 抱かれし人

ひなげしの 花の畑を たもとほり くるめきすやと 問ひ給ふかな