和歌と俳句

與謝野晶子

18 19 20 21 22 23 24

病みて恋ふ おのれはさもし わが家に 待たれて来る 君はめでたし

しののめの あかりに踏みし 路ゆゑに 蝶とおもひし 藤の花びら

いつまでも 思ひ下すに あらぬなり 衰へそめて 逢はむとぞ思ふ

道を行く かのあさましき ちぢれ髪 それなどにこそ 生るべかりし

君死なば 思ひなけむと 知りえたる 日より心は 逆しまに行く

しかすがに 凍らむとして 凍らむは 心なりけり 忘れぬがため

風あらく わが簑を打つ 馬の背に 滝のきこゆる 山のうまやぢ

八月に ほととぎす聞く 山あそび 沙羅の林の 朝じめりかな

冬の夜も うすくれなゐの 紙のはし 散れる灯かげは 心ときめく

もとめ居し われの心は うちならび 君が心と 死にてありける

わが頼む 男の心 うごくより 寂しきは無し 目には見えねど

秋の風 針につきたる 青き糸 一尺ばかり ひそかにうごく

ここちよく 青みわたれり 紅の 椿のもとの 一寸の雪

いかづちを とりて男に なげうたん 力なき身と 定められにし

目うつくし われのかひなに 葬りて ありし眠りの よみがへる時

わが妻も 相住みすなる 琴弾も 雪のふる日は たをやかに見ゆ

いすかたか 二方にはする 心とは 知れどもいまだ 行方知らずも

かきつばた 真菰にまじる わが背子が よろしからざる 男に交る

山中の はりがね橋も 霧に濡れ はつ夏の夜は あけにけるかな

木がくれし 嵯峨の小みちを 一人行く わが髪の香も なつかしみつつ