和歌と俳句

與謝野晶子

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忘れえぬ 云ひがひなさも 月日へて やうやくつらき 心となりぬ

われを見て 老ゆとそしるは あはれにも 若き日もたぬ やからなるかな

黒き髪 はなだにも見ゆ 花うつ木 かばいろに見ゆ 夏の夜の月

わが庭の 草の中より 二尺ほど いでたる萱に 風吹く夕

砂原に なげいだされし あはれなる 男とぞ思ふ 女とぞおもふ

珍しき もの語りしぬ いそのかみ むかしおぼゆる 君がふるまひ

月しろの 世界よりこし うすあかり 薔薇にさして ほととぎす啼く

うとまれて いまだいく日も たたなくに 尼ごこちして われはさびしき

なほよその 欲りするものを とれと云ひぬ おほどかめきし はかなごとかな

自らを 殺しかねつも 十年の 君が馴染の 妻とおもへば

長松が 旧年よりの 寝のたらぬ 顔に誰が子ぞ 雪つぶてする

なつかしき 道頓堀の 初しばゐ 雪はふれども 車より行く

なき友を 妬ましと云ふ ひとつより やましき人と なりにけるかな

冬は来ぬ ましらげ米の 押敷すゑ 神にまつらふ かつらぎの山

ゆく春や 孟宗竹の 夕かぜの ここちよかりし 口づけののち

自らは はかなごととも 天地の 一大事とも 思はぬ歎き

たをや女は 面がはりせず 死ぬ毒と 云ふ薬見て 心まよひぬ

うらさびし 毛虫の繭の 色に似て 油の凍る 瓶の底など

からきこと あまた経てこし 妹背には かかはりもなき 若き日の夢

幽霊の お露のきたる 夜の舞台 うすくらがりに しら菊の咲く