岩窟の 湯に居て見れば 皆青し かのまた川の 紅葉藻の屑
岩の上に 素肌の少女 来て立ちぬ 湯気が描きたる まぼろしの絵か
おほらかに 思は悲し 那須の野へ 高原山を 馬車出づる時
髪長き 人のうれひに 似たる石青し 男の石はましろし
知らぬまに 酒たうべたる 御者ありて 田舎の馬車も をかしくなりぬ
塩原の 山より出づる 馬車小し 那須野が原の 秋霧の中
大鏡 たばこの火をば さやかにも うつす夕と なりにけるかな
しろがねの 薄の屏風の 古びゆくごとくに秋の 冬になり行く
鋭からずと はがねの黒き 鋏をば うちなげきつつ 絹切るわれは
うすぐらき 鉄格子より 熊の子が 桃いろの足 いだす雪の日
いつしかと 紫の藤 ちるごとく おとろふること 今にいたりぬ
釜の湯をたらひにとれば白き湯気母と子をまき出でて梅這ふ
元朝や経の声する大寺にかげろふもゆる軒下の土
水盤にわが頬をうつす若水をまた新しき涙かと見る
家こぞり遊べば籠の青鸚鵡ねたげに声をたつる正月
わが卓にめでたく白き寒牡丹ひとつ開きて初春はきぬ
初春の朝わが子等の踏む庭の青木に光るしら玉椿
春くれば荏原の大根かぶら菜も清く目ざまし我と一つに
那須の山たかはらの山壁のごと薄く霞みて霰ふりきぬ
金色に柑子のおほくなれる樹の下にきたりて馬のおどろく
わが歌は少しづつ見よひと花を日毎に摘みて若やぐが如
砂原にいたどりの芽の赤きをば春雨ぬらし霽れにけるかな
くま笹の白き斑うつる二月の雪解の水に翡翠の鳴く
濃き赤の椿こぼれてうづだかき切崖のもと行く水の鳴る
春の日となりて暮れまし緑金の孔雀の羽となりて散らまし