和歌と俳句

與謝野晶子

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紅硝子 張りたる馬車の 上すぐる 那須野の原の 秋のむら雨

六番の おとりと呼べる 塩の湯の 少女はさびし 三味を弾けども

塩原の 福渡戸の あけがたの 岩より下る かづらの紅葉

山の蔦 頭にまきて 岩つたふ 君はをりふし 水かがみしぬ

十丈の 杉の木立の なかにある 枕流閣の 夜の水おと

馬車の人 はりがね橋を あやふげに 眺めてすぎて 秋の日くれぬ

渓づたひ して来し人と 水際の 湯なる少女と めぐり逢ひにき

わが馬車に 紅葉は積めど あぢきなし 山出づる日は 急がぬものを

心冷ゆ きりぎし歩む 馬車よりも 危きことを かつてしながら

めだたきは 大空さへも 見がたかる 深山の中の 砥に似たる道

わが宿の 黒ききざはし 岩の湯の しろききざはし 渓に並びぬ

塩の湯の 三百段の きざはしを 下る目に見る たかはらの山

塩原の 小夜の河原の 野立石 半ぬらして 山の雨晴る

時雨ふる 中にのぼるは 湯どころの 塩釜の靄 畑下戸の靄

箒川 舟を浮けまし 船底を 一瞬のまに くだかせてまし

紫の きりぎしのもと 曲りゆく あたりの淀は 一ひろの幅

桟道に 夕日の照れば 哀れなり 危きものの あからさまなる

あかつきの かのまた川の 湯の樋より 紅葉の中に のぼるしら雲

白き指 なよにもの云ふ 秋の夜は 名所絵なども 憎からぬかな

相並び 岩の上をば 渡り行く 中の湯の湯気 塩の湯の湯気