和歌と俳句

與謝野晶子

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春の夜は しらしら明けて 墓場なる 松よりたちぬ 青鷺のむれ

夏の花 みな水晶に ならむとす かはたれ時の 夕立の中

君がこと わがこと知れる やから居て もの云ふ時は 心くもりぬ

わが齢を 知らましと云ふ はかりごと その人達に 与す王者も

くるくると 器械まはれば 黄なる埴 鉢のかたちす あぢきなきかな

片岡に 歌をうたへば 小雨ふり 野ばらの中を 狐のとほる

袂より 二つつなげる 桜の実 おとせし君を おもひ初めてき

来ぬことは 寝わすれごとと 云ひなしに 人の来し時 さめし夢かな

うしろより 危しと云ふ 老のわれ 走らむとする いと若きわれ

かにかくに 恋はめだたし 身にかかる よろこびなどは 数ならねども

わたつみは 秋ともあらず 山の方 はつかに青し 夕ぐれの風

夏の草 なまぐさきまま 堂に入り 磬をたたけば 夕立きたる

恋するに 飽く日あるとか あらぬとか 遠方人が ささめき居るは

翡翠なる かんざし震ひ 砂におつ 由比が浜辺の 悲しき夕

わが心 知りやすからず 思ふこと このごろ多く なりにけるかな

恋ならねど 悲しき時に ゆくりなく 別れし人は おもひ出となる

火のありと 障子を川に 投げ入るる 人のはしこき 秋の夕ぐれ

東大寺 普請の足場 とるを見て 地軸ばらばら 崩すここちす

大らかに 日ぐるまの芽は 手をひろげ 遊びごとする 日光の中

ほのかにも 親ききつけて 君がこと 云ひくだすこそ 苦しかりけれ