和歌と俳句

與謝野晶子

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簑を着て図書館まへの大河を船人のぼる水無月の雨

春過ぎて木蔭に小く咲きいでぬ末の子に似る山吹の花

二月の朝鴉啼くみやしろの青き瓦にあられふるとき

黒き雲愛宕の山の上にいで人おびやかす秋のゆふぐれ

かなしくもわが子の指にはさみたる蝶の羽より白き粉のちる

腹立ちて炭まきちらす三つの子をなすにまかせてうぐひすを聞く

もの書きぬうす手の玻璃に萎れたる黒きだりあをかたはらにして

そぞろなる夜の心にうかび来るだりあの花はわりなかりけれ

風吹けど花みじろがぬうす紅の椿はかなしわが墓のごと

初秋のあらしの中にうなづきぬ孟宗竹の黄なる末など

かぶと虫玉虫などを子等が捕る楠の木立の初秋の風

うらさびし円覚寺にて摘みし花かざせしままに君と歩めば

錫となり銀となりうす赤きあかざの原を水のながるる

羽負ひて登天の日のここちする小雨まじりの初夏の風

初夏のあかるき緑やはらかにわが病む床のしら布を吹く

悲しさをまぎらはさんとくだものの皮むく土間の白き指かな

秋の夜の灯かげに一人もの縫へば小き虫のここちこそすれ

木蓮のしろき花びら物とせず憎げに散す瑠璃色の蜂

手にとれば青玉をもて刻まれし虫のここちに青きすいつちよ

鎌の刃のしろく光ればきりぎりす茅萱を去りて蓬生に啼く

秋の島奥の方より水はこぶ白き桶などここちよきかな

魚市のかがりの煙更けし夜の港になびき白き露ふる

天王寺田舎の人の一つ撞く鐘の下より凉かぜの吹く

なでしこの花咲く頃となりぬれば人目をしのび文書くわれは

渚なる廃れし船に水みちて白くうつれる初秋の空